私のつれづれ記

日々感じた事を思いつくままに綴っていきます。お立ち寄り下さりありがとうございます。

最近は子どもが少ないので、子どもが成人し結婚してからでも親が(特に母親)子どもに対して色々と口出しをして、関係が悪くなる親子が多いらしい。毒親、毒母と呼ばれているそうで、母娘関係に悩む娘は多いのだとか。

 

私自身は関係は悪くはない。私は5人兄妹の長女で、親の手を最大に煩わせた子どもだった。

 

転校した頃(小学2年生)新しい環境に馴染めず、ずっと「お母さん、お母さん…」と泣いていた。人の目が怖かった。

馴染めないところにきて方言をからかわれ登校拒否になった。母はいつも泣いていて、学校に行かない、勉強もしない私に随分手を焼いたと思う。当時、6歳離れていた兄は私の事を目の敵にして、メソメソしている私をすごくいじめた。父は単身赴任で不在で、下には妹、弟がいて、母は一人で思春期の兄の世話をし、メソメソ泣いてばかりいる私の面倒を見て、さらに下の子の世話をする…  私には考えられないほどの重労働だ。大変だっただろうと思う。

 

母はいつも私を叱らず甘えさせてくれて、大好きだった。母さえいれば生きていけた。

 

ある程度の年齢になると、私たち母娘はべったりとくっつきすぎず一定の距離を保ちつつ精神的にはいつも繋がっている、という感じだった。

 

結婚し親元を離れ、見知らぬ街で新婚生活を送った。その時に妹が遊びに来て、何かの話の時に私が「お母さんがいないと生きていけない。」と言ったらしく、その言葉にすごく衝撃を受けたらしい。

 

その事を私は20年以上経ってから知ったが、妹は結婚してからずっと親に対して自然に湧いてくる敬いだったり、愛しさだったりの感情が何一つないことに苦しんでいる。

母が忙しすぎて、手のかかる私に構いっきりだったせいで、妹は幼い頃から精神的に自立していた。おとなしく、私とは正反対にお利口さん。母も安心していただろう。だからか母は妹の育った過程を何一つ覚えていない。

妹はそれが悲しいし、淋しい。

 

虐待を受けたわけでもなく、育児放棄されたわけでもない。普通の家庭で育てられたが、同じ姉妹でも感じ方は違う。

私が人一倍手がかかったせいで、妹がこんな感情を持たなければならなくなったのかもしれない。

 

普通の家庭ではあったが、まだまだいろいろなことがあったし、今もある。

 

 

妹は母の事を反面教師で終わらせず、自分自身が変わって母と新しい関係をこれから築いていきたいと言っていて、我が妹ながら偉いなぁ、と思っている。

 

 

 

今日も一日お疲れ様でした!