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私のつれづれ記

日々感じた事を思いつくままに綴っていきます。お立ち寄り下さりありがとうございます。

書きたい事はたくさんあるけど、的を絞って文にできないので思いつくまま…

 

9月の終わりに京都へ行った。一泊の慌ただしいものだったけど、京都に住む子どもにもスケジュールを合わせてもらって行動を共にした。

夏に帰省した際、今までの子育てについてや夫婦の事に関して激しく私のことを非難して、夢にも思ってなかった事にひどく動揺した。

悲しくて、悔しくて、情けなくて、泣きたいのを堪えて非難を受け止めた。

この京都旅行の時にも、夜に一緒に飲んだ時に私への非難を言い始めた。

 

よく考えてみれば、手のかからない育てやすい子どもだと思ってきたけれど、子どもの中ではいろんな感情が渦巻いていたんだ… 吐き出せないまま時が流れなくて、今、私にぶつけられるのはいい機会だと素直に思えた。

 

大学4年の今、就活はせずにやりたい事に向かって進むと言う。心からの応援ができない私の心を見透かして、お母さんは賛成してないよね、と今でも私の同意を得られない事に苦しんでいる様子…

私も一応親だから、将来食べていけるのか心配してるんだよ。

この気持ちは子どもには届かない…

 

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10月の初め、懐かしの広島へ出かけた。

ほぼ30年ぶりだろうか。ほんの8〜9年しか過ごしていない地だけれども、私にとっては第2の故郷。昔住んでいた場所にも行ってみた。

すっかり風景は変わってしまったけれども、確かにそこにいた、と思える風景に出会い、感動してしまった。当時仲良くしていたお友達の家がまだあった事に驚き、また、来て良かったと思った。

直前に台風がきていてどうなることかと思ったけれど、晴れ女の私はこの旅行中すべて晴れさせて(?)皆を喜ばせた。

 

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平和公園、私の幼き日の遊び場だった。

家から歩いて行ける距離で、よく遊びに行った。その当時の家がまだあって本当に懐かしく思った。久しぶりに見た原爆ドームが小さく見えたのは、周りの景色が変わったせいか…?

呉の大和ミュージアムにも行き、当時の海軍兵の働きを見て、この事は後世に伝えるべき事だと感じ、また、わずか20〜21歳で戦死した方々を思うと涙が滲んだ。

 

私がもう少し若かった頃は兵士自身に感情移入していたと思うが、今は兵士の親に感情移入し、戦争にやるために育てたのではない!と怒りが込み上げてきた。本当に無念だったと思う。

2度と戦争を起こしてはならないと強く思った。

 

 

取るに足らない私のような者の日々にも、様々な出来事がある。

私も日々起こる出来事と闘っている。

 

 

今日も一日お疲れ様でした!